• コラム
  • 2014. 08. 04

東京と戦いたい。と思いはじめた訳。

BY KANTARO KANTARO

どうも。

LIMのカンタロウです。

俺は、『大阪出身』と思われがちなんだけど、実は、産まれも育ちも、福岡県北九州市出身の九州男児なのよね。

高校を卒業するまでは、ずっと福岡にいて、『一流の美容師』になる為に大阪に出て来たわけなのよ。

実家は『辛子明太子屋』をやってて、親父はそこの大将で、もちろん『明太子職人』だったのよね。

俺は長男で、兄妹の中でも男は俺一人だったから、いわゆる『後継ぎ』といわれる役目をやらされるはずだったんだけどさ。。。

親父が、

『自分がやりたいことを思いっきりやれ!』

って言ってくれてさ。

そのおかげで、大阪でのびのびと美容師の仕事に専念することが出来たわけなのよね。

それから何年か過ぎた頃には、大阪では美容師として、ある程度『顔が割れる』という様な存在にもなれてたわけで。。。

まぁ、10年もかからないうちに、それなりの若手美容師になってたわけよ。。。

そんなノリノリで、とんがってて、なんとなく意気がってた時に、突然、親父の『余命宣告』があってさ。。。。

あんなに『好きなことをやれ!』って言ってくれてた親父が、一変して、

『後を継いでくれないか?』

って言い出したんだよね。。。

『いや、、、。俺、大阪ではそれなりの美容師になってるんだけど。今更、そう来ますか????』

って感じだったんだけど、まぁ、よくよく考えたらさ、『美容師』として働きはじめてから、まだまだ10年弱。

自分の職業は『美容師しかない!』なんて思い込んでるけど。。。

なんだかんだ言っても、所詮10年足らずでしょ?

60歳以上まで『仕事』と言うものを持ちながら働くと考えたら、残り30年以上も働くわけだからさ。

死に行く親父の最後の頼みだし、

『明太子職人になるのも悪くないかな?』

なんて思ってさ。

一度は美容師を辞める決意もしたんだよね。。。

だけどやっぱり、18歳で大阪に出て来た時の自分と相談してさ。。。

それから、未来の『なりたい自分のイメージ』の自分に相談したらさ。。。

『今の現状に満足せずに、もう一度、もっと本気で打ち込んでみたら?』

って言う声が聞こえて来てやね。。。

それで、親父の頼みを断って、『美容師を続ける』っていう決断をしたのよね。

そんでそれから、結局、数ヶ月後に、親父は死んじゃってさ。。。

『それで、、、、。さぁ?どうするよ?カンタロウ???』

って感じでね。。。

自分の中の自分が『覚悟』ってやつを突きつけて来たわけよ。

それで、『よし、更なる高みを目指して、東京で勝負させてもらおう!』

ってなったわけなのよね。。。

そう思いはじめてから、いろんな壁をクリアしながら、結果的に3年後に『東京進出』が実現となった。。。。

だから、俺の中では、『父親の死』っていうのは、もの凄く大きな起点となてるわけなのよ。

今でも、盆と正月に仏壇の前で手を合わせたら、必ず親父に問いかけることがあるのよね。

『とりあえず、ここまでやったけど、後継ぎの話を断ったこと、認めてくれるかな??』

って感じで、答えのない答えを求めてんのよね。

8月13日

もうすぐそんな親父の命日です。

今年も恒例の里帰り墓参りです。

もう、認めてくれてもイイよね〜☆

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