• 技術
  • 2014. 07. 12

そこに「カメラ」があったというだけ。

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美容師さんが「己で写真を撮る」という文化が根付いているかの様な今日。

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雑誌などでも「自分撮り」で掲載して頂けるなど、大変恐縮な時代よなぁ。と思う今日です。

「ar 8月号」

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ま、特にこれといってどうでもいい。というか…

写真を撮るという事自体も…

「良き髪を作る」事の一貫に過ぎず、イメージがどうのとか、写真自体の仕上がりに関しては左程興味がありません。

僕は「ああ…いい髪型だなぁ」と思ってもらいたい。

それだけに尽きるのと、普段撮影していて「時短」という点においてはてめえで撮った方が早いという短絡的な観点から、当時若手スタイリストの子が持っていた何てことないカメラを手にした事がきっかけですね。

*「遊び」「趣味」それ故に?!

僕は基本的に写真を撮るという事においては…

「その道の人が撮ったものが最高」

という持論は崩しておらず、かといってただ単に一々お願いして自己表現するには時間もなく、ペースが崩れるならてめえで撮って、表現することがナシではないけども…というくらいの価値観ですね。

やはりその道で生きている人の領域には勝てるはずもなく、勝とうという気もなく…

そのこと自体ナンセンスだと思うし、活動限界の幅が見えていると思います。

あくまで髪は髪、写真は写真、という区別をつけています。

危険なのは表現の仕方だと思います。

「遊び領域」「趣味領域」と表現していてもその道の人から見ると冒涜に繋がるし、遊び、趣味、それゆえに…

そういう表現を用いてしまう事によって尚更、冒涜してしまう結果にもなりえてしまう。

だったらもっと開き直った方がいい。

撮る事で収入を得るレベルそして、撮るという事においてのプライドを見せる方のがよいと感じてしまいます。

本気で「美容師とフォトグラファーを融合した職業」にまで昇華したらいいと思います。

宙ぶらりんは逆にマイナスイメージにしかなりませんね。

*イメージ先行表現。それは評価を得られるものになるか?

あくまで「髪」というベースを崩さず、表現の幅を自分で狭くするセンスも必要だと思います。

「見せ方カワイイ」

と…

「ヘアデザインが圧倒的にカワイイ」

は桁外れに違うからです。

己で撮るにしても「フォルム、ディティール」といったヘアスタイル作りの根幹にのっとったものは評価を得ているように思います。

「軸をブラさない」

こういったポリシーも写真表現においては大切だと思っています。

「雰囲気カワイイが僕らの世界の中で評価になりえる事はない」

パッとした一瞬の目の引き方だけで勝負しても流れていくタイムラインの様に…

人の心に残るものは作れない。

そんな事を感じている今日。

そういう表現になってしまっていませんか?

*フォトセミナーという文化への疑問。

そもそも論、フォトという部分が自分の中において大きく作用しているわけでなく…

別に教えたいわけでも教わりたいわけでもない。

そして、きっかけという所でも触れましたが…

「ただ、たまたまそこにカメラがあったから」

ということに過ぎないので、特に努力ということもしておらず、勉強しよう!という価値観もなく、時間の隙間で工夫し、発想してきたことがそのまま世間の目に触れているわけで、その感性が備わってない限り上達することはありえないと思っています。

*むしろいい表現ができなくなるのでは…?

自分の感性そのままに押す。

それで自分のイメージと重ならなかったら工夫する。

そういった感じでやっていることも人のエッセンスが入ることによりマイナスになりえる事もあるのでは?

と思ってしまいます。

せっかく教わった技術。

それにより感性を壊していませんか?

「フォトセミナー」というくくりで開催されるセミナーは引き受けようと思いません。(デザインの一貫として組み込まれる事は別として捉えている)

それにより、受けた方の感性を壊す事もあるからです。

そもそも恐らく教えられるレベルで写真を撮るのは危険思想とも言えます。

だってセンスが足りていないのです。

やらなきゃいけない感でやったりしていませんか?

別にやる必要はないと思いますよ。

そこにエネルギーを使うならデザインを作りまくり、プロに撮ってもらい、出版社に送りまくった方が余程有効です。

そして下手に一眼で撮る必要もなく、究極論、iPhoneで…
camera 360で撮ったら自分が思っている表現できるかもしれません。

インスタグラムでもいいと思います。

そう、別にこれがいいというものはなく評価されればよい。というだけなのですから。

ま、結局の所、時代はすぐに移り変わり様々な表現方法、発信手法などが出現してくるわけなんですが…

いつの時代も「軸」というものは存在し、ブレがない所に評価が集まるのは常だと思っています。

個人的にもしっかりとした「軸」を定め臨んで行きたいところ。

それぞれ各々のカッコいいを求めていく。

それでいいんだと思います。

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