- コラム
- 2018. 02. 23
ヒカルに捧げるブログ 1
ヒカルが死んでしまってから、49日が過ぎた。
心の中にある『大切な何か』を、突然にスポッと抜き取られた感じ。
そんな感覚に陥ってしまったあの日からの今日までは、あっという間の49日間だった。
刹那的な一瞬の光の矢の様な日々でもあり、永遠に抜け出すことのできない悲しみの日々が続く様にも思えた毎日だった。
とにかく、世の中の『時の流れ』というものは、俺を取り巻く環境の中で、俺にどんなハプニングが起きようとも、いつも通りに何も変わらず当たり前のように一定のスピードを保ちながら、誰にでも平等に流れて行っていた。
それが『時』の『優しさ』というものなのか?
それとも『無情』というものなのか?
それさえも分からなかったけれども、とにかく『時』というものは、『立ち止まる誰か』を待ってくれたりはしない事だけは確かに実感できた。
そんな流れ行く日々の中での、『あの日』からの俺の心の中の移り変わり様は、誰にもわからないだろうし、もちろん、『誰にもわかりようもない事』だということも理解しているつもりだ。
むしろ俺自身が、無意識のうちに、誰にも『わかられない様に(バレない、悟られない様に)』というような立ち振る舞いをしてきたのかもしれない。
あれから49日しか過ぎていないというのに、バカげた話で本気で大声で笑うことも出来る様になったし、ご飯だって、バクバクと貪る様に食べる様になったし、、、。
どんな辛い事があったとしても、結局は、自然と『日常の日々』に戻っていくものなんだと、改めて実感している。
毎日の生活の中でも、ヒカルとの思い出が俺の頭の中をフッとよぎる回数も減ってきた気がするし、その度に頭の中を駆け巡る時間も短くなってきている気がする。
そんな俺を自分自身で『薄情な男』だなと思ったり、『いやいや、そうでなければやってられないんだよ。』と思ったりすることもあったりして、、、。
そんな『矛盾』と『葛藤』が入り乱れているあの日から49日後の最近である。
1月6日 俺たち家族はお正月休みを利用して、毎年恒例となっているタイでの休暇を楽しんでいた。
2日前の1月4日には、親父からの形見として譲り受けた『金無垢のロレックス』を海に落として失くしてしまっていて、落ち込んでいる最中でのヒカルの訃報であった。
慶志郎からの訃報の電話を受けたのは、バンコクのホテルでのんびりとした朝を迎えようとしていた、涼しい早朝だった。
前日に立てていたスケジュールでは、ウイークエンドマーケットに向かい、おきまりの古着屋でお宝を物色し、おきまりの屋台で美味しいグリーンカレーを食べる。
『お約束コース』を巡る予定だった。
しかし、そんな計画どころでは無くなった。
電話の向こう側で、号泣しながら、ヒカルの訃報を必死に俺に伝える慶志郎を慰め、励ますことが、その日の1日の始まりとなった。
先ずは、まだ寝ていた妻を起こし、ヒカルの訃報を伝えた。 その後で、となりの部屋で寝ていた子供達にヒカルの訃報を妻が伝えに行った。
妻の話では、訃報を聞いた子供達もショックで泣いていたらしい。
12月31日の大晦日がヒカルの誕生日だった。
ヒカルがお正月休みを利用して北海道に帰省するのは、1月2日の予定だった。
ヒカルには、元旦に俺たち家族を空港まで車で送るという任務があったので、年越しは大阪で過ごさなければならない事情があった。
誕生日であり、大晦日であるにも関わらず、特に予定が無かったヒカルを呼び出し、カンタロウ家族と一緒に誕生日のお祝いをし、年越し蕎麦を食べ、そして新年を一緒に迎えた。
空港でいつもの様に、『じゃあ、1月8日に迎えに来いよ。里帰り楽しんでな。』と伝えて、サラッといつも通りの『サヨナラ』をした。
まさか結局、それが最後のヒカルの姿だったなんて。。。
そんな事ばっかり考えて、訃報を聞いた直後から、事実を信じることができず、受け入れることが出来なかった。
頭の整理が付かず、チョクチョクと何回も慶志郎に電話をかけて、細かい指示を出す。いつ電話をかけても、慶志郎はずっと泣いていた。
慶志郎が色々と動いてくれた事で、ヒカルの親族と連絡は取れるようになってきた。
俺は飛行機を抑え、翌日の7日には家族全員で日本に戻れる様に手配をし、翌日の8日には、カンタロウ、妻、慶志郎の3人で北海道に入れる手配も済ませた。
慶志郎には、ホテルとレンタカーを抑えさせ、8日の昼過ぎにはヒカルに会える手配があっという間に完了した。
そこからは先は、ヒカルと対面するその時を待つだけだった。。。 特に何も考えてない。
考えていたことと言えば、『何で?』『嘘やろ?』『ふざけんなよ。』
そしてまた、『何で?』『嘘やろ?』『ふざけんなよ。』の、そんな繰り返しばかりだったと思う。
本当にただただボーッとした感じ。
誰に問うてるわけでも無く、答えがない様な問いの繰り返しを、自分に問い続けている。
そんな1日だった。
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